書評:『原発、いのち、日本人』(集英社新書)

『原発、いのち、日本人』は、今年の1月17日に発売された書籍で、以下の執筆者はすべて<みんなで決めよう「原発」国民投票>の賛同人です。

・浅田次郎(作家)
・藤原新也(写真家・作家)
・ピーター・バラカン(ブロードキャスター)
・レーナ・リンダル(持続可能なスウェーデン協会理事)
・辻井 喬(詩人・作家)
・豊竹英大夫(文楽・太夫)
・野中ともよ(NPOガイア・イニシアティブ代表)
・想田和弘(映画作家)
・谷川俊太郎(詩人)
・構成 今井一(ジャーナリスト)

当会の「読み物編集部」スタッフが執筆した書評をご紹介します。(この書評は、参院選前に書かれたものです)

『原発、いのち、日本人』(集英社新書)
『原発、いのち、日本人』(集英社新書)

2011年3月11日、日本観測史上最大の地震、大津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故。私たちはこの事故から何を学び、どこへ向かって歩んでいけばよいのか。本書は、ジャーナリスト今井一が当会の著名賛同人9名にインタビューをおこなってできたものだ。原発・エネルギー問題、日本社会や日本人の問題点と可能性、今後取るべき方向性など、内容は多岐にわたる。

特に興味深いのは、なぜ日本に54基もの原発が作られたのか、なぜ事故が起こったのかだ。事故後、しばしば産官学による「原子力ムラ」の閉鎖性や利権体質が糾弾されてきたが、はたしてそういった一部の人々の力だけで54基も原発を作れるものなのだろうか。やはり「どこかに無言か有言か、積極的か、それは別にして、とにかく民主主義という体制をとっているこの戦後の日本の多数派が同意署名してきた」(想田和弘)のではなかったか。「お上は自分を庇護してくれるものだという意識」(藤原新也)から、原発は安全だ、などと主張する国をさして疑わず、時には進んで信じてきたのではなかったか。「原子力ムラ」の住人だけでなく、「普通の人々」である私たちも原発を受け入れ、支えてきたという面があることも忘れてはならないだろう。

さらに、日本にメディアについての考察も興味深い。海外メディアが事故直後からメルトダウンの可能性を指摘していたのに、日本のメディアは事実を隠して言わず、数か月後にやっとそれを報道したことには、「白々しさといったらない」「僕は許せない」「馬鹿にしています」(ピーター・バラカン)と手厳しい。残念ながら日本のメディアは、「思想の大本営の発表機関に成り下がって」(野中ともよ)しまっていると言わざるを得ないだろう。

だがインタビューを受けた9名が語るのは、日本人の問題点や過ちだけではない。再認識された日本人の良いところや、新たな可能性、変化の兆しについても取り上げている。たとえば、3.11の後、略奪や放火、治安悪化を起こさなかった「日本人は捨てたものではない」(辻井喬)し、地方自治体のトップにリーダーシップを持った人がたくさんいた事は「日本人でも驚きだった」(辻井喬)だろう。また、原発事故後あいついでいるデモは、動員され組織化された従来のデモとは異なり、「個人として何か思いのある人が、しっかりとした気持ちで」(藤原新也)集まっているものだとして評価している。このような市民による自然発生的で自発的なデモは、「これまで日本に住んでいて見たことがない」(レーナ・リンダル)し、「これほど日本人が政治的に覚醒しつつある時代は、ちょっとない」(想田和弘)のではないか。年齢・性別を問わず、さまざまな人々が主体的にデモを生み出したことに、あるいはデモに参加することを通じて人々が個としての意識を獲得しつつあることに、日本の新たな民主主義の可能性を見出している。

そしてデモに加え、原発稼動の是非を巡って住民投票を求める直接請求運動が各地で起き、当会も主体的に関わってきた。大阪、東京、静岡、新潟と法定署名数を大きく超える署名を集めながらも、提出した住民投票条例案は、最終的にいずれも議会で否決されてしまった。しかし、この結果だけを捉えてネガティブに受けとめるのは適切ではないだろう。「市民みんなで決めて責任も取りたい」(豊竹英大夫)と請求代表人を引き受けた人々、受任者として署名を集めた人々、そういった一人ひとりの市民の政治参加への覚醒が、一連の運動には包含されており、いまもなおその旅路は各地で続けられている。

3.11以降、何とかしなければならないという一心でさまざまな活動をしてきた人々のなかには、昨年の衆議院選挙の結果を受けて、失望感や無力感にとらわれている人もいるかもしれない。しかし、本書を読めばわかるように、いま私たちに求められていることは、「僕らはチャンスを与えられた」(浅田次郎)と考え、3.11を契機にせっかく芽生えた新たな可能性と変化を、今後どのように開花させ、活かしていくのかということではないか。「一回二回で即効力ある解決など望める訳は」(野中ともよ)なく、「社会自体が変わるのには時間がかか」る(野中ともよ)のだ。目に見える結果に一喜一憂せず、各自の中に芽生えた「言葉でもうまくつかまえられないような意識下の変化」(谷川俊太郎)をしっかりとたずさえながら、一歩一歩前に進むべきだ。本書は、過去の反省に立ちつつ、未来に向けてどのような行動をとっていけばよいのか、どのような心構えが必要なのかを一人ひとりが考えるためのヒントと手がかりを、必ずや与えてくれるはずだ。

                           みんなで決めよう「原発」国民投票
                           事務局スタッフ/読み物編集部員 木下淳


2013年8月11日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:その他

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