【辺野古】軍事のベール “後出し”地元に混乱 不都合隠し続ける政府

 「住民の合意が得られていないのは名護市も佐賀も同じ。それなのに『基地負担をお願いします』とは言えない」。名護市役所で基地問題を担当する広報渉外課の神元愛さん(41)は、佐賀空港の地元の心情を気遣った。市長が移設反対を打ち出しているからか、神元さんの受け答えは明快だった。

〈交付金が目当て〉

 名護市辺野古のキャンプ・シュワブが米軍普天間飛行場の移設候補地として表面化したのは1996年6月。翌97年12月には、移設の是非を問う住民投票で、反対派が勝利した。しかしその3日後、当時の市長は移設受け入れを表明し、辞任した。

 名護市街地と辺野古は、直線距離で10キロ近く離れている。「迷惑な新基地は辺野古に押しつけて、市は交付金などが目当てだったのではないか」。辺野古の住民として反対運動を続けている西川征夫さん(70)は当時の市長の判断に首をかしげる。

 西川さんによると、受け入れ表明後、防衛省幹部が地元区長と会い、住民への生活補償に言及したという。「現行法で個人への補償ができるはずがない。余計な期待を持たせる政府のやり方はひどい」。政府の地元懐柔策は住民投票が示した民意を複雑にねじれさせた。

 辺野古移設では、政府の「隠ぺい」も相次いで表面化した。オスプレイの沖縄配備を巡っては、97年の段階で普天間代替施設での運用が想定されるなど、米内部文書や米軍幹部の発言、米海兵隊航空計画などで公にされてきたが、日本政府は一貫して認めず、2011年に環境影響評価(アセスメント)の最終段階となる評価書で、初めて配備を明記した経緯がある。

 最近では、住民生活や自然環境などへの影響が評価されていないステルス最新鋭戦闘機の運用が想定され、内陸部に兵舎などを建設する未公表の計画も判明した。西川さんは「政府は何も説明せず、“後出し”で地元を混乱させている」と不信感をあらわにした。

 22日、佐賀県庁を訪れた武田良太防衛副大臣は米海兵隊が佐賀空港を利用する期間について「辺野古移設が実現するまでの暫定的措置」とした。ただ、キャンプ・シュワブのゲート前の阻止行動を指揮する安次富浩さん(68)は「政府は不都合なことを隠し続け、本決まりになるまで市民のチェックも許さない。(米海兵隊が)佐賀に行くこと自体も怪しいし、仮に佐賀に行けば永久に使われることになる」と指摘する。

〈バルーンを守る〉

 アセス評価書では13年、辺野古の周辺海域に生息するジュゴンについて、船による悪影響を示す観察結果を十分に分析していないことも発覚した。「近くの海にジュゴンがいることは、とっても幸せ。基地で壊してほしくない」。予定地の対岸に住む双子の渡具知和紀さん(12)、和奏さん(12)姉妹は26日、そんな思いでシュワブ前の抗議活動に参加していた。

 周辺の海には、色鮮やかなサンゴ礁に加えウミガメやジュゴンなどさまざまな生物が生息。建設予定地にはジュゴンの生存に欠かせない海草藻場もある。母親の智佳子さん(52)は「子どものために、自然豊かな未来を残さないといけない」と力を込めた。

 渡具知さん親子は毎週土曜日の夜、シュワブ前で静かにろうそくの火をともし、辺野古の海を守ろうと訴え続ける。「佐賀にはたくさんのバルーンが飛ぶそうですね。それを守りたいというだけでも反対の理由には十分。辺野古や普天間に気を遣う必要はない」

2014年07月30日 佐賀新聞